グランギニョルの舞台裏

グランギニョルの舞台裏

グランギニョルの住人達は、新たな演者を待っている。

▼ ルネコの備忘録#3_カナニト・ラクシュエリ・レンブラント編 ▼


 

 簡易的なキッチンや、一人用には贅沢すぎるほど広いバスルームが備え付けられた部屋では、生活に事欠くことはない。

 食料は使い魔が定期的に運んできてくれるし、衣服やシーツ類もいつの間にか洗濯されている。正直に言おう、今の所この屋敷での暮らしは快適だ。自分用の食事、服、ベッド、それらが誰かに奪われる心配がないという環境は、スラム街で生まれ育った俺にとっては天国だった。

 __だから油断していたんだ。怪物たちが奪っていくのは俺の命である、という自覚が薄れていた。

 

 風呂上がり、濡れた髪をタオルで拭きながら部屋の中を歩く。冷たいレモネードを一気飲みしてぷはぁと息を吐くと同時に、耳の穴に冷たい息を吹きかけられ思わず情けない声を上げてしまった。

カナニト

 ”不用心やなあ、鍵開いとったでぇ”聴き慣れない訛り口調、おっかなびっくりそちらを振り向けば、目についたのはコウモリの様な翼と緩く笑みの形を描く垂れ目。人外さながらの青白い肌を目にしても、彼の持つふわふわした雰囲気が俺の油断を助長した。

 何か用か、と問う前に、あっという間に傍にあったソファーへ押し倒された。組み敷かれると同時に、コウモリの様な翼が広がっていくのが視界に移る。__恐ろしい。これは人知を超えた暴力の象徴だ。舌なめずりしながら顔を覗き込まれ、俺は体中を硬直させた。

ラクシュエリ

 刹那、ふわりゆらりと漂ってきたのは、ムスクの様なバニラの様な、はたまたシャンプーの様な柔らかい甘い香り。”ちょっとルネコぉ。ニトよりエリの方が良いでしょお?”甘ったるい砂糖菓子の様な声に誘われるがままそちらを見れば、いつの間にかすぐ俺のすぐ隣にしゃがみ込んでいた女の子の姿が。俺の上に乗っかっている彼と同じ青白い肌、緩やかなS字の赤い角。金色の髪に彩られた顔は、ふくれっ面でも可愛くて__否!それ所ではない、今俺はバケモノ2人に命を狙われているんだ。

 

 初対面なのに彼女が俺の名前を知っていることを不審がる余裕もなく、頼むから離してくれと懇願した。”え~どないしよかなぁ””だってエリ達お腹空いてるし”””ねー””命のやり取りを目の前にしても、倫理観や罪悪感を欠片すらも感じさせずくすくすと笑い合う2体の悪魔の横顔を唖然と眺める。今まで俺が出会った怪物達が概ね話の分かる面々だったのだと思い知らされた。俺はこのどちらかに喰われて呆気なく死ぬのだろうか、そう考えざるを得ず観念しかけた所で、コツンと上等な皮の跫音が響いた。

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”__そんくらいにしといたり。”落ち着いた大人の男性の声が頭上から降ってきたかと思えば、2人はにまにまと笑ったまま俺の傍から離れて行った。どこの誰かは知らないが、命を救ってくれた礼を言おうと彼の顔を見れば、そこにはまたしても角と翼と尻尾。…嫌になりそうだ。

 ともかく助けてくれたのは事実、得心のいかない様子ながらも謝意を告げると”礼には及ばんよ、そン2人も元から食べる気はあらへんかったやろし” 蛇を思わせる細い双眸を気さくに緩め、朗らかに弧を描く唇からあっけらかんと言い放たれる拍子抜けの事実。食べる気が無かったのなら何故こんな事をしたのかと不満を滲ませながら問うてみると、3体の悪魔は口を揃えて”””新入りでは遊んどかな損やろ?(でしょ?)”””と。

 __態々誰かに説明して貰わなくとも理解できた。こいつらは悪魔だ。かつてのゾンビの時みたく詫びでも請求してやろうと思ったが、悪魔に何かを求めるのは些か危険に思われたので辞めておいた。我ながら賢明な判断だったと思う。

 

P.S.どうやら、ゾンビのアッシュが俺の事を他の怪物に言い触らしたらしい。それが、悪魔の女の子が俺の名を最初から知っていた絡繰りだった。

 

To be continue...

 

__この様に、既知の怪物の紹介で初対面の怪物が部屋を訪れて来る事もあります。逆に、貴方から他の怪物への紹介を頼む事も可能です。

次話「#4 テオ・マリーシュカ編」

→前話「#2 アッシュ・ラザロ編」

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