グランギニョルの舞台裏

グランギニョルの舞台裏

グランギニョルの住人達は、新たな演者を待っている。

▼ ルネコの備忘録#1_ジェイド・ハイネ・ミリアム編 ▼

 

 湿原を走る汽車を見ていた。

 

 あれに乗って遠くまで行けたらどんなに良いだろう__同年代の孤児たちと拾ったパンを取り合う必要もなく、路地裏を一人歩いていても殴られずに済む世界へ行きたい。そう強く願った所までは覚えていた。

 気付けば俺の手の中には見知らぬ招待状が握られていた。黒い薔薇の封蝋なんてこれまでに見た事が無くて、浮世離れしたやけに不気味な印象が脳裏に焼き付いていた。それでも、何があってもこの中身を確認しなきゃ、なんて魔力じみた強迫観念に背中を押されて、俺は招待状を開封してしまったんだ。

―― 嗚呼、なんて美味しそうな貴方。今夜、お迎えにあがります ――

 夢の終わり、ゴトゴト回る車輪の音が聞こえたのは何だったのだろうか。

 

 目を覚ますと、まず目に入ったのは隅々まで磨かれた天井だった。染み一つないベッドの天蓋、ぼんやり上体を起こして寝惚け眼で豪奢な部屋を見渡す。見慣れぬ光景は起き抜けの脳には刺激が強すぎて、途端にさぁっと血の気が引いた。冷汗が首筋を伝い、ドクドクと激しくなる鼓動を制御する事が出来ない。そこに控えめなノックが聞こえて、思わずびくりと肩が跳ねた。

ジェイド

 __この黒薔薇の屋敷で俺が最初に出会ったのは、穏やかな翡翠の目をした狼男だった。後々他の怪物から聞いた話によると、それはとても幸運な事だったらしい。地獄で仏に会う、とはまさにこの事だ。俺がこの屋敷へ拉致されてきた理由を教えてくれた時の、彼の悲痛な表情は今でも忘れられない。"困った事、欲しい物があれば呼んでくれ。出来る限り早く駆け付ける"誰にでも優しい彼の事だ、きっと各所で引っ張り蛸なのだろう。いつでも来てもらえる保証なんて無いものの、それでも彼の存在は非常に心強い。

 

ハイネ

 次に出会ったのは、灰色の肌のダークエルフだった。

 何でも男が好みらしく、散々”吟味”されたのは今でも少しだけトラウマだ。彼の立ち居振る舞いは丁寧で洗練されていたが、言葉端に此方を見下すようなニュアンスが多々含まれていた。”結構。健康状態は申し分無いですが、俺のコレクションには一歩及びませんね俺は幸いにも彼のお気に入りになる運命からは逃れられた様で、それ以降彼が俺の部屋を訪ねてくる事は無かった。獲物を狙う猛禽の様な、金色の鋭い視線を思い出すだけで背筋が粟立つようだ。彼に気に入られた人間は、一体どうなってしまうのだろう?それを自分の体で体験せずに済んだのも、不幸中の幸いと呼べるのだろう。

 

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 その数日後、俺の部屋へ盲目の怪物がやって来た。

 先日出会った2人に比べれば、その見た目はさほど人間離れしていないように思える。それに、見ているだけで心配になるほど痩せ細った華奢な体躯は、生まれて間もない仔鹿を彷彿とさせた。幾何学的な目玉が描かれた目隠しは少し不気味だったが、彼女の砕けた態度や人当たりの良さに警戒心は霧散した。

 あまりにも話しやすい雰囲気なものだから、俺は”他にどんな怪物が居るのか”と問うてみた。色々と怪物を列挙されたが、その中でも一際恐怖を抱いた種族は死神だ。命を刈り取る冥府の使者、しかも死神が喰らうものは俺の血肉ではなく、大切な記憶らしい。そんなモノまでこの屋敷を彷徨いているとは。怖がる俺に、彼女は笑いながら一冊の手帳とペンをくれた。”日記付けりゃいーじゃん、日記。したら記憶つまみ食いされても大丈夫なんじゃね?”

 彼女の助言にて、俺はこの備忘録をしたため始めたという訳だ。

 

 To be continue...

 →次話「 #2 アッシュ・ラザロ編 」

 

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