グランギニョルの舞台裏

グランギニョルの舞台裏

グランギニョルの住人達は、新たな演者を待っている。

▼ ルネコの備忘録#4_テオ・マリーシュカ編 ▼

 悪魔達との一幕から、薄れていた警戒心が復活したのは良い事なのだろうか。

 

 ともあれ人間をただ食べるのではなく、獲物を玩具にして遊ぶ事を目的とする怪物が最もたちが悪いというのは理解できた。そういう意味では、先日出会った継ぎ接ぎの彼の様な怪物の方が幾分マシと思える。

テオ

 突如、力加減を誤ったノックが部屋の静寂を破った。あんな事があった後だ、素直に扉を開ける訳がない。恐る恐る扉へ近づき、愚問であるとは承知の上で、お前は誰だとドア越しに問うてみた。”__怪物、テオ”響いて来た低い声は確かに恐ろしかったが、同時に穏やかにも聞こえた。怪物と自分から申し出る辺り、馬鹿正直なタイプなのだろうか。

 何しに来た、と問いを重ねれば”……?オマエを、食べに来タ”矢張り俺の推測は間違っていなかった。そんな事を言われて扉を開ける奴がいるか。絶対にお断りだ、俺を食べる気ならこの扉は開けない__そう強気に言い放てたのは、扉の向こうの怪物がぼんやりとした雰囲気を纏っていたからか、ドラゴンの彼が誂えてくれた鉄扉のお陰か。

 ”食べられるノガ、嫌ナノカ?”この返答には思わず呆れて笑ってしまった。当たり前だ、とはっきり言い切ると”……嫌カ。ナラしょうがナイ”重厚な足音が、廊下へと遠ざかっていく。助かった、と胸を撫で下ろした。

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 その翌日、俺の部屋を訪れた怪物は、丁寧なノックの後によく通る美しい声で呼びかけてきた。その女性の声曰く、ジェイドの紹介で来たらしい。優しさの権化の様な彼からの紹介ならばと、俺はゆっくり扉を開けた。

 瞬間、ふわりと漂ったのは甘く爽やかなベルガモットに似た香り。扉の向こうで待ち構えているのが、ジェイドの名を勝手に騙った性悪な怪物であるという可能性も勿論大いにあった。けれど今回は、幸運にもそうはならなかった。

 視界に飛び込んできた彼女の姿はさほど人間離れしていなかったが、だからこそ緩やかに微笑む口許から覗く牙が生々しい。”ご機嫌よう、ルネコ。扉を開けてくれて有難う、とても良い仔ね”モナリザも真っ青の微笑だ。良い仔なんて呼ばれる歳でもないのだが、彼女の流し目は俺から言葉を奪う。そもそも途方もない年月を生きているであろう彼らにとって、人間は皆子どもに等しいのだろうか。取り敢えず彼女を室内へ招き入れ、俺の部屋で一番座り心地の良い椅子へと腰を下ろしてもらった。

 他愛もない話を何往復かした後、つい先日出会った継ぎ接ぎの彼の話題を出してみた。すると彼女は驚いた様子で”まあ、運が良かったのね。あの子、あんまりお腹が空いていなかったのかしら”確かに妙に聞き分けが良いとは思ったが、と続けると”自分の欲に素直な子だから、空腹を我慢するのは苦手な筈よ。…にしても勇敢ね、怪物相手にはっきり抗弁するなんて”彼女が視線を窓の外へ遣りながら話題を変えてくれたのは、思いやりと優しさだったのだと後々気が付いた。

 俺が助かったって事は、他の誰かが彼に喰われたって事だ。受け止め難い事実を、手放しに喜べるほど人間性は失っていない。

 窓辺に咲く黒薔薇が一輪、増えたような気がするのは錯覚だろうか…?

To be continue...

__怪物の目的は様々で、純粋な捕食だけとは限りません。捕食する心算なく部屋を訪れる怪物も存在します。捕食を逃れる為に交渉が有効な場面も散見されます。

→次話「 #5 ウーミン・ヴィンス編 」

→前話「 #3 カナニト・ラクシュエリ・レンブラント編 」

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