グランギニョルの舞台裏

グランギニョルの舞台裏

グランギニョルの住人達は、新たな演者を待っている。

▼ ルネコの備忘録#2_アッシュ・ラザロ編 ▼

 

 どがこん、と凄まじい音。

 気持ち良く眠っていたのに、一発で起こされてしまった。どうやら鍵を掛けていたはずの扉を、外側から破壊されてしまったらしい。

アッシュ

 慌ててそちらを見遣れば、暗闇に紛れる灰褐色の肌がうごめき、捕食者たる蜂蜜色の眼が月光を反射しギラついていた。肉の腐ったような嫌な臭いが鼻を劈く。獣の様な唸り声を上げながら襲い掛かって来る怪物、俺は反射的に助けを求めて叫んでいた。

ラザロ

 痛みを覚悟し固く目を瞑るが、いつまで経っても衝撃は訪れない。恐る恐る片目を開ければ、視界いっぱいに鱗に覆われた翼が広がった。逞しく太い尻尾にも同様に鱗が備わっていて、その後姿は伝承上のドラゴンを思わせた。

 恐々と身を乗り出して状況を確認すると、包帯まみれのゾンビがドラゴンの腕に噛み付いていた。鱗の部分を噛んだのにゾンビの歯は欠ける事無く、ドラゴンの鱗にも傷一つ付いていなかった。ドラゴンはゾンビの首根っこを掴み、ずるずると引きずるようにしてボロボロの扉へ向かって行った。去り際、彼は首だけで振り向いて”すぐ直してやるから安心しな”と、ギザギザの牙が生えた口で言い残してくれた。

 

 その後一睡も出来なかったのは言うまでもないが、扉が壊れている間、この部屋の前を一匹たりとも怪物が通らなかったのは只の偶然ではなく、ドラゴンの彼が守りのまじないを掛けてくれたからだと後に知った。

ラザロ

 永遠に夜が続くこの世界では便宜上の表現となるが、翌朝、ドラゴンの彼が部屋を訪れた。工具箱と分厚い鉄板を軽々と小脇に抱え、ぶっきらぼうな態度で扉の修理を始めた。その間気まずくない程度に控えめに紡がれた会話、彼の言葉選びは非常に口汚いものだったが、その端々に此方を気遣う暖かさも感じられた。

 ゾンビの話題になると”悪い奴じゃねえ、ただ食欲を我慢出来ねえんだ”と教えてくれた。俺にとっては十分悪い事だが、この際それは良しとしよう。そういえば何故、俺の事を助けてくれたのかと問うと”あいつと賭けをしてたんだ。丸一日飯を我慢出来たら俺の勝ち、24時間まであと数分だった”とのこと。聴かなければ良かった。勝手に命をベットされるなんて堪ったものではないが、”ドアを木製から鉄製に変えた。気休めだが前よりマシだろ”と有無を言わさぬ視線で凄まれてしまえば、もう何も言えなかった。彼なりの不器用なお詫びのつもりなのだろう、仕方がない許してやろう。俺の膝が少し震えていたのは内緒だ。

 アッシュ

 後日、迷惑な腐乱臭を引き連れてゾンビも詫びに来てくれた。鉄が凹みそうなほどの馬鹿力でノックをされた時にはいよいよ終わりかと思ったが、理性がある状態の彼は確かに悪い奴ではない。ボリューム調節のつまみが壊れたラジオの様な爆音で”ルネコオオオオゴメンなアアアアア”と泣き付かれた。その時着ていた服は血と腐肉で使い物にならなくなったので、俺に新しく上質な上着をプレゼントする、という約束で許してやった。

 P.S.後日彼から届いたジャケットは、迷彩柄のMA-1だった。中々着心地が良い。

 

To be continue...

 

__この様に、事の運びによっては怪物達からプレゼントを貰う事もあります。

→次話「 #3 カナニト・ラクシュエリ・レンブラント編 」

前話「 #1 ジェイド・ハイネ・ミリアム編 」

 

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