グランギニョルの舞台裏

グランギニョルの舞台裏

グランギニョルの住人達は、新たな演者を待っている。

▼ ルネコの備忘録#6_ギンハ・シャルロット編 ▼

  日々自室に閉じこもり息を潜めていると、その分退屈が際立って仕方がない。

 

 一度賑やかな楽しさを知ってしまえば、無聊もひとしおだ。死の危険と常に隣り合わせのこの屋敷、もちろん自分の命は惜しい。ゆえに部屋で大人しくし続けていたが、このままでは誰かに喰われる前に暇に押し潰されてしまう。

 だから俺は、心優しい怪物の忠告を無視して、一人で部屋を出てしまったんだ。

ギンハ

 何度目かの曲がり角を超えた頃、そろそろ自分がどちらから来たのかもあやふやになってきた。

 流石にまずいと恐怖を覚え始め、後ろを振り向きながら進んでいると、背の高い誰かにぶつかった。”__無礼な鼻垂れ小僧めが。吾(あ)の羽織を穢す気かえ”頭上から降ってきた鋭い声にそちらを見上げれば、神々しいという表現がしっくりくる怪物が、厳めしい表情で俺を見下ろしていた。その射貫くような眼光に、ああ殺される、と反射的に思った。

 背後でゆらめいているいくつもの豊かな尻尾に見惚れている場合ではないと、俺は切実に謝罪を紡いだ。直後、彼の白く輝く毛並みがあまりに綺麗なものだから、その旨を半ば無意識に呟いていた。すると、先ほどまで気難しそうだった彼の雰囲気が僅かに和らぎ”…もうよいわ。去ね、小僧”それだけ言い残して、九つの尾を持つ彼は俺を害することなく立ち去って行ってしまった。

 彼が心からの褒め言葉に極端に弱いのだとこの時は気が付けず、自分の帰り道を尋ね忘れた事をただ悔いた。

 

 もと来た道を戻っているつもりなのだが、どんなに歩いても一向に廊下の景色は変わらない。月明かりと小さな燭台の灯りだけを頼りに、不気味な雰囲気の屋敷をただただ進む。

シャルロット

 すると、突如として背後から”ネエ。アナタ、そこでナニしてるノ?”虚空を漂うような、質量を感じさせないぼんやりとした声音。継ぎ接ぎの彼の声にどことなく似ている、と思いつつ振り返れば、なんとそこに立っていた少女の顔にも継ぎ接ぎがあった。

 彼の妹か何かかと問えば”妹じゃナイ、デモ似てるッテよく言われるノ”怪物には親兄弟の概念が無いのだろうか?ともかく今はそれ所ではない、帰り道を訊こうと口を開く前に”アナタ、テオと私ドッチが好キ?”こちらを見据える病んだ瞳、それを真っ向から見つめ返せば深淵に引きずり込まれてしまいそうな錯覚を覚えた。

 答えを間違えれば死ぬ、いや死ぬより悲惨な目に遭うかもしれない。分からない、と苦し紛れに答えた俺の表情は、ひどく引き攣っていたことだろう。”……そう。ナラ良いワ”歯車が軋むような音と共に、継ぎ接ぎの彼女は歩み去っていった。その後姿へ道を尋ねようとも思ったが、一度切り抜けた死線を再び潜るのは憚られた。

 今の俺に出来るのは、どうか親切な怪物に巡り会えますようにと祈りながら、歩みを進める事だけだ。

To be continue...

__この様に、危険を冒して独りで廊下を出歩く事も可能です。

怪物の同伴なしでは特別な場所には辿り着けず、廊下を彷徨うのみになりますが、その道中で新たな怪物に出会う事が出来ます。

次話「#7 レジーナ・ジョネル編」

前話「#5 ウーミン・ヴィンス編」

アクセスカウンター