グランギニョルの舞台裏

グランギニョルの舞台裏

グランギニョルの住人達は、新たな演者を待っている。

▼ ルネコの備忘録#7_レジーナ・ジョネル編 ▼

 いい加減足が疲れてきた。

 

 どの怪物が言っていたのかは忘れたが、この屋敷は無限の広さを持つらしい。その時は何を馬鹿なと笑い飛ばしたが、今となっては信じざるを得ない。

 このまま疲れ果て倒れ伏すか、獣と何ら遜色ない理性なきバケモノに食い殺されてしまうのだろうか。絶望が顔を出し始めた頃、前方に人影を発見した。

レジーナ

 ブラウンの尻尾と耳、狼のものに酷似したそれを目にした瞬間、あの心優しい狼男の笑顔が蘇る。思わずジェイド、と呼び掛けていた。すると彼女は振り返り”__あんた、あたしがジェイドに見えるわけ?おあいにく様、狼違いよ”オレンジ色の双眸は、狼なのにどことなくネコ科を彷彿とさせた。

 ツンケンした物言いに若干怯んだが、言葉が通じるならまだ希望はある。俺は、道に迷ってしまって自室へ帰れないのだと、人狼の彼女へ助けを求めた。”はぁ?暇だからって部屋飛び出して、挙句帰れなくなるとかあんたどんだけバカなの?”ぐうの音も出ない正論だが、言い方が刺々しすぎやしないだろうか。思わずむっと表情を曇らせてしまった。

 俺のそんな態度を見て、彼女は呆れた様に嘆息し”悪いけどあたし忙しいの。兄貴を呼んどいてあげるから、この場で動かず待ってて”兄貴、という単語には些か驚いたが、人狼の彼を呼んで貰えるならそれに越した事は無い。困った時は呼んでも良いと言ってくれていた筈だ。口は悪いが良心的な対応を取ってくれた彼女に礼を告げ、俺はその場でジェイドの助けを待つことにした。

 

 どのくらい時間が経ったのだろう。5分や10分そこらなのだろうが、もう何時間も待っている気がする。心細くてたまらない。今この瞬間にもあの曲がり角からバケモノが現れ、貪り食われるかもしれないのだから当然だ。膝を抱えて腕に顔を埋め、ジェイド早く来てくれ、と心の中で強く願った。

ジョネル

 ”__君、大丈夫?一人でこんな所に居ちゃ危ないよ”内容の割には危機感のない、陽気な声に顔を上げる。視線が交わった瞬間、思わずぎょっとした。白目が黒い奴なんて初めて見た。黒い煙の様なコートを纏っているのも不気味だったが、こちらを心配してくれたのであろう親切心に甘えて、助けを求める事を優先した。

 ”勿論お安い御用さ。君のとびきりの記憶を、俺に分けてくれるならね”記憶を分ける、それはつまり記憶を食べるという事なのだとすぐに察しがついたのは、この備忘録のお陰だ。

 目の前に恐れてやまない死神がいる、と思えば身が竦んだが、どうにも人懐こい彼の様子は想像上の死神とはかけ離れていた。”君の中でさ、今までで一番エキサイティングな記憶は何?__嗚呼、部屋に戻る間にじっくり思い出してくれて構わないよ”差し伸べられた手を握り返すのは、危険なことだと本能的に理解できた。けれど、人狼の彼が助けに来てくれる保証もないのだ。俺は死神と取引すると決意した。

 その後、死神の導きで無事部屋に帰り着くことが出来た。約束通り記憶を一つ差し出した筈だが、どの思い出を食べられたのかは全く思い出せない。記憶を喰われるという事は、その思い出は元々無かった事になるという事なのだと、身を以て痛感した。

 黒薔薇の屋敷で出会った他の怪物との記憶も、若しかしたら喰われてしまったのだろうか…?

P.S.ジョネルと入れ違う形で、ジェイドは本当に助けに来てくれた様だ。わざわざ俺の部屋まで安否を確認しに来てくれた時の、彼の安堵の表情はまさに父性そのものを彷彿とさせた。

To be continue...

__言うまでもなく、独りきりで自室の外へ出るのは計り知れないリスクを負う事になります。

ですので、身の回りの世話係の使い魔に”怪物を呼んできて欲しい”と頼めば、自室から出る事無く怪物と交流することも出来ます。

既に知り合いの怪物、未だ出会った事のない怪物、どちらも呼び出す事は可能ですが、後者の場合は多少のリスクを伴います。

次話「#8 ユギン・レナード編」

→前話「#6 ギンハ・シャルロット編」

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